京都 六波羅蜜寺の国宝十一面観音像を参拝しました。
六波羅蜜寺ご本尊十一面観音像は全国に7体ある国宝十一面像のうちの一つで12年に一度辰年に開扉される秘仏です。今年は11月3日から12月5日まで公開されました。この機会にかみさんの好きな宝塚大劇場で観劇、西の叡山といわれる姫路書寫山圓教寺などいくつかの寺院も訪ねました。夏の猛暑のおかげで遅れた紅葉の見頃に巡ることができて幸運でした。
第一日11月30日(土) 宝塚大劇場
新横浜駅から新幹線ひかり号に乗り正午前新大阪に着きました。JRジパング会員30%割引のひかり号を利用します。そのひかり号は紅葉シーズンとはいえ驚くことに指定席すべて売切れでした。大阪新阪急ホテルに荷物を預ける前に、新大阪駅美々卯でうどんを食べTSUMAGARI大丸店 (本店 西宮市甲陽園) でかみさんご愛好のクッキー類を買込みました。阪急交通社の宝塚観劇新阪急ホテル宿泊パッケージツアーなのです。コロナ自粛期間やそれ以前、比較的大劇場チケットは手に入りやすかったのですが、劇団員いじめ自殺騒動でも人気は衰えず大劇場ですら阪急交通社抽選で入手困難になりました。そのためほぼ確実にチケットを入手できる暴力的割高パッケージツアーを(泣く泣く)申し込んだのです。

阪急梅田駅コンコース 両サイド阪急百貨店のクリスマスディスプレイ 天井はオーロラを想像させます

クリスマス・ディスプレイ
夕食後チェックイン、来年1月閉館する大阪新阪急ホテル(北区芝田、梅田駅直結)の狭いツインルームにがっかりしました。べらぼうに高い「観劇を餌に釣れるだけ釣ろう阪急商法」に憤慨しました。唯一利便性だけは抜群です。10年以上前にも、(旧)宝塚ホテル泊観劇ツアーに参加し阪急ホテルチェーン会員証のポイントをつけて下さいと、フロントの中年女性に会員カード示したら木で鼻を括ったような態度で『ツアーではポイントはつきません』とカードをデスクに滑らせて突き返され、腹を立てたことがありました。いじめ騒動の一連対応ぶりや、ファン不在の阪神タイガース岡田監督解任劇を見ていると、関西人が誇る阪急ブランドに胡坐をかいた商法がいまだ改善されていないように思います。コロナ禍で悪戦苦闘する経営状況とはいえ小林一三翁精神に反したその時限りの刹那商売といえます。
さて梅田駅から宝塚駅まで阪急急行で35分です。駅ビル・ソリオの中のべーカリー『 パン工房ふえるへん 』(宝塚市栄町2丁目)が宝塚名物よもぎ焼餅を販売しています。ベーカリー店主である河本本舗やきもち屋の息子さんが復活させたのです。かつて大劇場までの通り道に炭酸煎餅や焼餅土産店が軒を連ねていた時代がありましたが、いつしか河本本舗だけが残り親父さんの引退廃業とともに名物が長らく消えていました。すきっ腹で食べるとダンピング必至ですが甘さ控えめこし餡で柔らかくよもぎがほのかに香る名品なのです。

「パン工房ふぇるへん」一角にある河本本舗元祖やきもち

宝塚名物やきもち 5ケ400円

大劇場 入口を入るとグッズ店、レストランのアーケードが広がります
月組公演「ゴールデン・リバティ」(11/16~12/25)は新トップ コンビ 鳳月 杏、天紫珠李さんのお披露目公演です。かみさん情報によればこのコンビは歌、踊りとも抜群に上手だそうで、確かにダンスは動きが早く流れるようでした。ただ宝塚素人の私には鳳月 杏さんの歌が変調に次ぐ変調の難しい曲で音程正しく聞き取れませんでした。娘役トップ 天紫さんはスタイルよく大柄、くっきりした目鼻立ちでこれからの大活躍が期待されるものの、お披露目とあって表情が硬く緊張しているように見えました。一見似ているアンミカさんのように大胆朗らかに演じれば良いのにな、と言うとかみさんから、宝塚とバラエティタレントを一緒にしなさんなと窘(たしなめ)られました。私の宝塚歌劇に対する興味は怪しいものの舞台に近い9列席だけあって劇団員の視線が迫り、おかげさまで一瞬の寝落ちもなく終幕まで見ていられました。

月組公演シナリオブック

レビュー前休憩時間
梅田駅に戻ったのが午後7時半、ホテルのレストラン(オリンピア・ブッフェ)は2週間前でも予約が取れずまたもや美々卯のうどんにしました。今度は阪神百貨店9F。チェックインした新阪急ホテルの狭いツインべッドに入りました。
明日は、姫路の書寫山圓教寺参拝です。
第二日12月1日(日)書寫山圓教寺
朝食後早めにホテルをチェックアウトして姫路に向かいます。大阪姫路間はJR新快速で65分。在来線特急並みの速度で普通乗車券のみ、15~20分置きの運行なので大変便利です。姫路駅から路線バス40分で書写山ロープウェー駅に到着します。
書寫山圓教寺 天台宗別格本山 創建 10世紀 開基 性空
「しょしゃざん えんぎょうじ」と読みます。西の叡山と呼ばれる大寺院で性空(しょうくう 910~1007)に帰依する天皇、貴族の信仰をあつめました。なかでも歌人 和泉式部(976~1030)が寺の柱に和歌を書き記した逸話で有名です。恋多き女性 和泉式部は煩悩を抱え仏の教えを請い性空上人に問いかけた和歌だったそうです。和歌文学史上有名なお山として訪ねてみたかったのです。ちなみに東の叡山は、江戸上野 東叡山寛永寺(とうえいざん かんえいじ)です。
古くから山岳修行道場だった書写山は織田、豊臣との戦火に会い寺宝の多くが失われました。からくも中心伽藍が残ってその威容を誇っています。残念ながら、重要文化財クラスの仏像 本尊釈迦如来坐像(大講堂)、阿弥陀如来坐像(常行堂)は拝観できませんでした。大きな伽藍で姫路市内、播磨灘を一望できる眺望と真っ盛りの紅葉を楽しみに多くの善男善女が登っていました。私たちも結局のところ寺宝拝観よりも紅葉狩りの一日になりました。

山門をくぐって参道を登ると最初に辿り着く「魔尼殿(まにでん)」(観音堂)。 魔尼とはサンスクリット語で宝という意味、如意輪観音をご本尊として安置しています。如意輪観音座像は13世紀 19㎝足らずの木造仏で非公開。魔尼殿は崖に木材を組み合わせて柱を立てた清水寺舞台と同じ懸け造り、昭和の再建です

中心伽藍 西谷にある三の堂。右が大講堂、奥に食堂、左軒 常行堂、いずれも室町時代建造で重要文化財です。三堂のうち入場できる食堂に仏像、絵画の陳列があり中に寺伝 定朝作(未認定)の地蔵菩薩立像などが展示されています
現在は営業していない旧宿坊

鐘楼

ロープウェー山上駅にある展望デッキ 書写山350mほどの高さにあり姫路市街、播磨灘を望むことができます
境内はアップダウンあり広大なのでくまなく観て廻ると時間が足らなくなります。三の堂で御朱印を頂いて下山しましたが、路線バスが週末の渋滞に嵌って30分以上遅れて到着したので、当初予定の姫路京都間新快速(100分)から新幹線(45分)に切り替えて京都に移動しました。奮発した京都グランヴィアホテル(京都駅ビル) レストラン「ルタン」ブッフェディナーが5時30分でしか予約できなかったためでした。オリンピアにしてもルタンにしても高い値段なのに満席でいよいよ世の中の景気が良くなっているのかも知れません。
京都駅は午後4時過ぎに到着、これから二泊 ダイワロイネットホテル京都八条プレミア(駅八条口すぐそば)で過ごします。

ダイワロイネットホテル京都八条プレミア ツイン2泊朝食付会員価格56000円弱(オフシーズンはもっとリーズナブル)
京都駅周辺はホテル供給過剰気味で宿泊料は、まだ急騰はしていません
第三日12月2日(月)六波羅蜜寺
いよいよ今回関西旅行のハイライト 六波羅蜜寺 秘仏ご本尊参拝です。
補陀落山普門院 六波羅蜜寺 (京都市東山区轆轤町81) 真言宗智山派 創建951年 開基 空也



「ふだらくさん ふもんいん ろくはらみつじ」です。古代 六原の名の地域は、葬送の地 鳥辺野(とりべの)の入口にあたり多くの遺体が捨てられた土地であったといいます。天台僧 空也(903~972)は彷徨う御霊を弔うため十一面観音像を自ら彫りこの地に祀り西光寺という寺院を開きました。西光寺は後に天台僧 中信が中興し六波羅蜜寺の名に変えました。空也は市中に踊念仏を広め南無阿弥陀仏を唱えて市聖(いちのひじり)と称され崇敬を集めます。十一面観音像は高さ258㎝ 一木造で平安中期10世紀の作風を備え伝承の初代本尊であるとされて、秘仏として辰年のみご開帳されています。観音は生命存続に欠かせぬ水を司り辰(龍)は水を象徴し眷属(けんぞく)として観音を守護するとされるのです。
十一面観音像の写真はネットでも見つかりませんし寺でもポートレートなど手に入りませんでした。本堂の外陣から厨子の中に安置されたご本尊を参拝します。公開期間中に限っているのでしょうが宝物館(「令和館」)入口にA4程度の写真が飾られていて全身を見ることができます。どっしりとした大柄な躯体、大きめのお顔は角張り四角形に近い力強い彫りです。体全体に金箔が多く残って保存状態が良く、たくましさを感じる仏さまでした。
国宝十一面観音像は全国で7体に限られています。
滋賀県長浜市 向源寺、京都府京田辺市 観音寺、奈良県宇陀市 室生寺、奈良県桜井市 聖林寺、奈良県奈良市 法華寺、大阪府藤井寺市 道明寺とこの六波羅蜜寺です。
そのうち法華寺は1年に2回春秋に特別公開、道明寺は毎月18日には公開していますが六波羅蜜寺は12年に一度1か月程度なのでこの機会を逃すともはや参拝することかなわないので今回来訪したのです。これで7体すべて参拝させて頂きました。そのうち聖林寺十一面観音を明治時代フェノロサが絶賛し、現代でも複数の美術評論家が日本美術史上最高傑作と評価しています。しかしいずれの7体も気品に満ちていて信仰の対象として等しくありがたく、また美術品としても優劣はつけがたいところでありましょう。
今や本堂だけのこじんまりした境内ですが、多くの優れた仏像が残され令和館に収蔵、展示されています。運慶四男 康勝 作の空也上人像、運慶(1150~1223) 作の地蔵菩薩坐像、運慶長男 湛慶(1173~1256)作の運慶肖像坐像など重要文化財が目白押しです。鎌倉写実像が並ぶ展示室内部はやや硬い緊張感が漂っています。

南無阿弥陀仏と念じ衆生救済を説いた市聖 空也上人像 六波羅蜜寺を象徴する彫像です

鎌倉慶派の最高仏師 運慶の手になる地蔵菩薩坐像
ここで六波羅蜜寺を出て空也上人の葬られた廟がある西光寺(創建の寺と同名ですが当初寺院跡ではありません)を探すことにしました。上人御廟の西光寺の所在を尋ねると令和館スタッフのお一人は「御廟はここにはない」というだけ、もうお一人は清水坂の方にある、と言うものの正確ではないとのことでした。六波羅蜜寺におられるスタッフ(僧侶ではありません)が、上人御廟を知らないのはありえないでしょうから?! マップなしでは伝えにくかっただけなのかも知れません。探しあてた御廟は清水道途中にある 浄土宗 西光寺(京都市東山区清水4)の境内 時間駐車場の傍らにあります。この西光寺はまだ宗教法人として存在しているようですが庫裏もしくは本堂は、入れない柵の奥にあり御廟だけ参拝自由のまま外側にひっそりありました。ただ周囲は清掃されているので綺麗に管理されているのでしょう。合掌参拝しました。

空也上人 御廟 広い時間駐車場の一角にあります

多くの観光客、車の行きかう清水道に面した西光寺さん 寺院としての実体があるのかどうか分かりません
西光寺往訪の前後、冥界とこの世を行き来した小野篁(おののたかむら)の伝説で有名な六道珍皇寺、縁切りで有名な安井金毘羅宮に立寄り嵐山に向かい福田美術館の伊藤若冲展を見て一日を終えました。夕食は伊勢丹京都駅にある松山閣(しょうざんかく)で湯葉懐石(これは美味かった)、15000歩を越えて歩き回り痛みが足裏に出たものの心地よい疲れでした。

六波羅蜜寺近くにある大椿山六道珍皇寺(臨済宗、創建9世紀)
公卿 小野篁(おののたかむら、802~853)が夜な夜な冥界入口の井戸に入り現世と行き来したと伝わります

本堂の庭奥にある冥界往来井戸の写真 そばには行けず 格子戸からのぞき見します
安井金毘羅宮(東山区東大路松原上ル下弁天町、創建13世紀)通称「縁切り神社」

元来「縁切り神社」なのに、転じて悪縁切り良縁結びの願い処として若い女性に大人気
写真はその名も「縁切り縁結び碑」 願掛け札を貼って穴をくぐる女性で連日順番待ち大行列
最終日 12月3日(火)金戒光明寺
最終日の午前中は紅葉の名所と謳われ特別日中拝観中のくろ谷金戒光明寺を参拝することにしました。通称くろ谷さんで知られる金戒光明寺は幕末会津藩 松平容保が京都守護の陣としここで新選組を組織、支配下においたことで有名です。
紫雲山 金戒光明寺 京都市左京区黒谷町 浄土宗大本山 創建 12世紀 開基 法然
「しうんざん こんかいこうみょうじ」 法然が比叡山から下山しこの地を念仏道場として草庵を結んだのが始まりとされます。知恩院とならぶ格式。堂宇は昭和の再建で登録有形文化財どまり、三重塔、通称 吉備観音 木造千手観音 (奈良時代、吉備真備が中国から持ち帰った霊木に行基が刻んだと伝えられます、旧廃寺吉田寺の本尊) など重要文化財があります。特別拝観で本堂(御影堂)、大方丈の内部拝観が許されていました。これまた紅葉の名所 真正極楽寺(真如堂)へ行く道すがらにありますが、これまで参拝したことがなかったので今日はゆっくり境内を散策させて頂きました。境内は広く、墓地に足を踏み入れ人気者 石造 五劫思惟阿弥陀仏(ごこうしゆいあみだぶつ、江戸中期)を参拝して、祇園に戻りいつもの甘泉堂栗蒸し羊羹土産、眼疫み地蔵仲源寺参拝、レストラン菊水で昼食をとって帰路に着きました。
大きな山門 特別公開期間中は有料で登楼できます
本堂(御影堂) 昭和の再建です
御影堂に連なる大方丈の浄土回遊庭園 散策できます

無限に等しい長い年月衆生救済を念じ髪が伸び放題アフロへアになっておられる仏さま、 五劫思惟阿弥陀仏