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文化・芸術

2026年6月 1日 (月)

はんまけいこ さん 個展

横浜市山下町(中区元町)で開催中の はんまけいこ さんの絵画展へかみさんのお付きで参上しました。かみさんの学校時代の知り合いで、神奈川県から沖縄小浜島に移住されてすでに数十年、豊かな自然に囲まれ大好きだというやぎなどの動物とともに島の生活を満喫されつつ個性的な水彩画を描き続けておられます。


Keiko Hamma 2026 Exhibition   5/31~6/7
A Treasure  Sent  from  the  Sky
 (横浜市中区山下町112-5 日絹パークビル1F art Truth  電話 045-263-8663) 

ペンの線で輪郭を描いた上に鮮やかな水彩絵の具を載せた草花や不思議な動物や人物が見ている人に話しかけてくるような、フェスティバルに誘っているような楽し気な世界を広げて見せてくれます。はんまさんは東京や横浜でのギャラリーでいくども活動的に個展を開いていて、関東地元の友人だけでなく小浜島を訪れた観光客でファンになられた方々も多く今日も、学校時代の友人だけでなく小浜島つながりのファンの男性も訪れていました。
繊細な色遣い、絵の登場人物がいかにも無垢な明るい表情で、晴れやかな島生活を彷彿とさせる世界を想像することができたひと時でした。この個展は1週間の短いものですが、インターネットでも作品を紹介して販売もされているようです。ぜひ ご訪問ください。

 

 

 

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島生活で元気いっぱいのはんまさん

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2026年5月18日 (月)

サントリー美術館「河鍋暁斎の世界」展

久しぶりに東京赤坂 東京ミッドタウン(港区赤坂9-7-4)にあるサントリー美術館で開催中の展覧会「ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎の世界」(~6月21日)を見に行きました。

 

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イスラエル ゴールドマン(1958~)は英国在住の画商で浮世絵、江戸絵画を40年以上蒐集し、なかでも江戸時代末期から明治時代に活躍した河鍋暁斎(かわなべきょうさい、1831~1889)コレクションが有名だそうです。この展覧会はゴールドマン蒐集作品のうち100点あまりを公開するもので色鮮やかな美人画、おどろおどろした妖怪もどき、鳥羽僧正に私淑し「鳥獣戯画」もどきの動物画など所狭しと展示されていてなかなか楽しく見ごたえのある絵画展でした。想像した以上に老若男女たくさんの入場者でこの絵師の人気を初めて知りました。

データによると河鍋暁斎は茨城古河藩士の家に生まれ画才に恵まれ6歳で浮世絵師歌川国芳に弟子入り、9歳で狩野派に師事するなどした後24歳にして絵師として自立し独自の画風を展開します。幼少のころから絵に没頭する奇才の持ち主で、8歳の時神田川で拾った人間の生首を一心に写生し周囲から気味悪がられた逸話が残っています。展示作品を眺めていると河鍋の作品をいつかどこかで見た記憶が沸き上がってきますが、その名前は私の中にはありませんでした。ただひたすら写実や模写や、想像世界の絵の連続が虚構に入り込みフラフラ旅しているような不思議な感覚になりました。埼玉県蕨市に河鍋暁斎記念美術館があって多くの暁斎作品を見ることができるようですが今回の展覧会は、暁斎マニアのゴールドマンの蒐集品だけでほとんどすべて里帰りしたものでした。江戸の絵師の風刺や、粋を愛でる心象や、徹底した写実と同時に虚実混然とした暁斎画の世界に誘い込まれます。

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東京ミッドタウン ガレリア3階にある美術館

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美術館前の昼食はいつもの 赤坂砂場(港区赤坂6-3-5)で天ぷらそばと卵焼きに舌鼓を打ちました。サントリー美術館は年会費7000円ほどで同伴1名まで何回でも入場できる個人会員制度を設けていて私も10年近く活用させてもらいましたが、2026年末までで制度廃止となりました。残念です。

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そばの重量あたり単価で都内1、2を争う高価な室町砂場、赤坂はその支店です
今日の卵焼きは少し焼きすぎの駄作

 

2026年4月24日 (金)

四月大歌舞伎夜の部

先日の昼の部に続いて夜の部を見に銀座歌舞伎座に参りました。午後4時30分から9時までの長丁場です。3つの演目の間に35分と25分の休憩がありその時間に弁当を食べるため、三越デパート地下で幕の内と天むすを購入して入場しました。とかく夜の部は帰宅すると腹ペコ、混む電車でぐったり疲れて10時、11時になるので休憩の合間席での食事が、ささやかな、貴重な楽しみです。

 

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今夜の演目は次の3作です。

1.本朝廿四孝 十種香 (ほんちょうにじゅうしこう じゅっしゅこう)        
中村芝翫、中村時蔵 他
2.連獅子       
尾上右近、尾上眞秀 他
3.浮かれ心中    
中村勘九郎、中村七之助、中村芝翫、尾上菊五郎 他  

 

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1.本朝廿四孝は長尾(上杉)謙信と武田信玄の争いを題材にした18世紀初演全5段の時代物。

両家の争いを調停する室町幕府主導の政略結婚で長尾家八重垣姫は武田信玄の息子勝頼の許嫁となり、八重垣姫は勝頼に恋い焦がれるものの、父謙信はこの婚姻をよく思わずひそかに勝頼を暗殺しようと計略を巡らせ刺客を二人次々に送る一幕です。両家の争い事や、背景の説明をイヤホンガイドに頼るばかりで舞台だけでは話の流れがつかめない難解な作品です。謙信が送る二人の刺客が見得を切る場面だけは派手な装束と大げさな身振りで拍手喝采。それでも面白味が分からず幕開け早々退屈でした。

2.河竹黙阿弥(1816~1893)の作品。

中国延安清涼山で親獅子が崖から仔獅子を蹴落とし這い上がって来させ鍛えぬくという親の情愛を語る有名な話。親仔の獅子を尾上右近と尾上眞秀(おのえまほろ、13歳、七代目菊五郎孫、寺島しのぶ長男)が演じて本日の話題その一です。眞秀くんはフランス人父よりも尾上家の薫陶を受けてすっかり一人前の歌舞伎役者になっているようで、孫を見るが如くの老齢女性観客から感嘆交じりの拍手を浴びていました。

仔獅子が困難を乗り越え崖を這い上がってくる前半と、親仔が喜び一緒に舞う有名な連獅子の踊りが後半、その幕間に狂言「宗論」という日蓮宗と浄土宗の僧侶の言い争い、けなし合いの寸劇がありこれがとりわけ面白い。清涼山は文殊菩薩が住むという聖地で仏教信者参拝が絶えません。また獅子は文殊菩薩の眷属(けんぞく、配下)なのです。
  
この狂言では日蓮宗僧侶と浄土宗僧侶が同道しながら互いの教義の素晴らしい点を説き相手を論破しようとするも、ついに言葉遊びになってお互いに混乱し始める滑稽なさまを演じています。もともとは成立年代不明の能狂言ですが、黙阿弥は仏陀の教えから離れそれぞれの教義にこだわり幾多の宗派に分かれた仏教界を揶揄していて笑えました。江戸戯作者のシニカルかつユーモアのセンスが新鮮です。

3.いよいよ最後は話題その二の作品、井上ひさし(1934~2010)原作「手鎖心中」を歌舞伎脚本化したもの。

   「浮かれ心中」中村勘九郎ちゅう乗り相務め申し候とあり、吉原花魁と狂言心中を試みた主人公が花魁の間男に刺殺されてあの世に行きますが最後宙づりになって昇天するナンセンス喜劇。主人公 中村勘九郎は大店の若旦那栄次郎で、売れない絵草紙作家の役柄。次から次にばかばかしい話題作りで江戸中に注目を浴びようとして、寛政の改革(1787~1793)のさなか、松平定信(1759~1829)を批判する絵草紙を出版して手鎖の刑を受けます。幕府から取り締まりを受け話題になった山東京伝(1761~1816)に競争心をもっていよいよ狂言心中で衆目を集めようとして馬鹿馬鹿しく命を落とすという筋書きです。歌舞伎座天井に張られたピアノ線にぶら下がり、大きなねずみに馬乗りになって観客頭上をはけていきます。天井は4階よりはるかに高いのですから見ていてぞっとしますが、勘九郎は平気な風、高所恐怖症でないのでしょう。この芝居には七之助や、中村橋之助、大御所芝翫も出演していて、にぎやかでした。特に芝翫は栄次郎のオチャラケに付き合う相棒を演じていて、これがさすがに上手い。栄次郎の盛り立て役で一心同体に馬鹿騒ぎを楽しむお人好を見事に演じていました。

 新作歌舞伎「浮かれ心中」の初演は1997年18世勘三郎(勘九郎の父)で中村屋のおはこになりそうです。

2026年4月14日 (火)

四月大歌舞伎昼の部

さても銀座歌舞伎座の四月歌舞伎を見に行ってまいりました。本日は昼の部 「廓三番叟」と「裏表先代萩」です。先代萩の勘九郎、七之助兄弟出演があったのです。四月歌舞伎の夜の部のうち「浮かれ心中」に勘九郎が出演して大変面白く好評で、来週また歌舞伎座に来る予定です。

 

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さて「廓三番叟(くるわさんばそう)」は中村芝翫、橋之助父子や若手役者をはじめ10数名が吉原の宴席で華やかな踊りを披露する演目で特段の筋はありません。一幕17分のごく短いいわばレビューのごとき幕開けのショーです。これが50分も60分も続くと退屈ですが、テンポよくあっという間に終わりさあ本番の「裏表先代萩」が始まるよ、と気分を盛り上げてくれます。

  「裏表先代萩」は4幕3回の休憩をはさみ約4時間の通し狂言の大作です。

江戸初期(1660~1671年)にあった仙台伊達藩のお家騒動を題材にした「伽羅先代萩」という歌舞伎、人形浄瑠璃が大坂、江戸で人気となりました。「裏表」はその演目を四代目鶴屋南北(1755~1829)がリメイクしたもので「伽羅」と並行して同時代に芝居小屋で公演されたものだそうです。
  伊達藩お家騒動とは3代藩主伊達綱宗が吉原で遊蕩に狂い幕府から隠居させられて2歳児亀千代が4代目藩主に据えられました。藩の実権を握ろうとした背信家老により毒殺を謀られたもののそれが失敗に終わった史実をモデルにしています。「裏表」はそれとともに、毒薬調合をした町医者が報酬横取りのために下男に刺殺される事件を設定し同時展開させていきます。

  物語の最後は、両事件の謀反人、犯罪者が倉橋弥十郎、細川勝元(勘九郎の二役)に悪事を見抜かれたうえで裁かれめでたしとなります。舞台背景は鎌倉時代に読み替えられ伊達は足利家という領主の騒動に擬せられています。出てくる武士は応仁の乱の大名名を名乗り、虚実ないまぜのストーリーが眼前に広げられ興味を引かれていきます。「伽羅」に比べると、注目点は悪役の町医者下男や悪家老仁木弾正、服毒役乳人政岡を尾上菊五郎の一人三役、そして勘九郎の一人二役です。なお、伽羅の由縁は、伊達綱宗が高価な伽羅の下駄を履いて吉原通いをしたという逸話と萩は伊達藩家紋によるとされています。

 中村勘九郎の出演は短いものですが、菊五郎、七之助、坂東弥十郎など実力派俳優が多数出ていてなかなかの力作といえます。長時間座りっぱなしですっかりお尻も腰も痛くなってしまいますが楽しんで見ることができました。

2026年2月20日 (金)

アーティゾン美術館 クロードモネ展

東京都中央区京橋 アーティゾン美術館(旧ブリジストン美術館)で開催中の印象派モネ展を見に行きました。知人から頂いた招待券でかみさんと連れ立ちました。

   『 モネ没後100年 クロード・モネ  ー 風景への問いかけ 』(~5月24日) がそれです。


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先日の上野公園国立西洋美術館の印象派絵画展に続いてパリ・オルセー美術館から40点以上招来して開催されモネ(1840~1926)の20代初期の写実的な絵画から次第に水辺のゆったりとした風景画、熟練期の光と影の滲むような茫洋とした筆調作品、緑に囲まれ平穏な晩年を過ごしたジヴェルニーの庭園、あまりにも有名な睡蓮の絵が生涯を語りながら並べられています。モネ作品だけでなくコロー、シスレーなどの巨匠、同時代工芸家ガレ、ジャポニズムに共鳴した日本の浮世絵などが次々に提示されていてこの美術館渾身の企画特別展であることが分かります。我々は招待券で時間にとらわれず入場できましたが、一般入場券は日時指定で退館時には入場待ちの観覧客で鈴なり状態でした。もちろん館内は若い男女ですし詰めに近い状態。ほとんどの作品が撮影可能、イアホンを用意すればスマホで無料音声ガイドを利用できるので、皆さんスマホ片手に作品を堪能していました。

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国立西洋美術館特別展でも感じましたがモネは心身ともに健康的、自然を愛好した長寿の生涯にわたり多作の作家できわめて奥の深い大人物であったと想像されます。モネ20代の若い時代に、明るい光がある写実的な風景をキャンバスに描いていて私はひときわ惹かれます。睡蓮やジヴェルニー庭園での花々もさることながら、明らかになだらかに波打つ水辺が生涯のテーマになっていてなぜこれほどこの作家は生命の源、水に傾注していたのか知りたいものだと思いました。ルノアールとは全く異なるタッチの絵であることを感じます。

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「フォンテーヌブローの森」1965年 モネ25歳の頃

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「かささぎ」1968~1969年 やはり20代後半

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「睡蓮の森」1907年 ご存じの睡蓮シリーズの一つ

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「睡蓮の池 緑のハーモニー」1899年 ジヴェルニーの庭園風景

美術館は印象派ファンでいっぱい。始まって早々なのに大混雑ですからモネ好きな方は一日も早くお出かけになることをおすすめします。


美術館の前には昼食を久しぶりに 室町利休庵でとりましたが値段がごっそり上がっていてびっくりしました。もちろん更科そばの美味さは変わっていませんでしたが。

2026年2月 5日 (木)

国立西洋美術館 「オルセー印象派」展

かみさんの強い要望に従い、東京上野公園 国立西洋美術館で開催中の特別展を見に行きました。最高気温15度の、この季節稀な温かい日でした。閉幕間近の特別展  

       オルセー美術館所蔵 「印象派  室内をめぐる物語」(~2/15)です。

閉幕間近で人気絵画の多い印象派なので混雑を予想して、あらかじめデジタル入場券を買っておきましたが案の定チケット売り場は長蛇の列でおそらく30分以上待ち、中でも入場制限で10分ほどの足止めを食らいました。老若男女がひしめき合い有名な絵の前では見とれる人が滞留して印象派の人気を再認識しました。ルノワールやモネなどの淡く光が滲むようなタッチの甘ったるい絵画は私は好きではありません。英国絵画のような写実的で分かりやすい緻密な絵画には惹かれるものがある一方で、この特別展に気乗りせず閉幕間近になって上野公園に来ることになったのです。

数多くの印象派絵画の中に私の浅薄な知識になかった、写実性豊かな緻密な作品にお目にかかりました。ほとんど未知の作家です。フレディリック・バジール、エデゥアール・マネ、アルベール・パルトロメ 、アルベール・ベナールなど。
   ドガ、クロード・モネなどの作品のなかにもそういった絵があり、オルセー所蔵品の豊かさを改めて認識しました。オルセー美術館は開館されたばかりの1980年代に訪ねたことがあったはずですがモネの睡蓮ぐらいしか記憶にありません。10年ぶりの大規模来日だそうで、日本の印象派愛好家でも初見の大作が多かったと想像します。もっと早めに来ていれば良かった。反省します。

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チケット売り場の行列は退出時午後2時ごろには15分待ちになっていました


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中に撮影OKの作品もあります  妻を描いた アルベール・バルトロメ「温室の中で」1881年

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ご存じクロード・モネ 「睡蓮」1916年 (西洋美術館蔵)



快晴あたたかな上野公園はそぞろ歩きのカップルやご婦人グループ、中学生らしい修学旅行生の集団で賑やかでした。パンダのいなくなった恩賜上野動物園はさすがに正門前は閑散、生パンダの代わりに正門近くにあるパンダ郵便ポストを見て参りました。

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2026年2月 2日 (月)

歌舞伎座 猿若祭

またも歌舞伎座 猿若祭二月大歌舞伎 夜の部 に参りました。中村勘九郎初役の『一谷嫩軍記 陣門・組打』を見たのです。

江戸歌舞伎は狂言師 猿若勘三郎(1598~1658)が1624年日本橋に建てた芝居小屋 猿若座に始まるとされます。猿若は後に初代 中村勘三郎と称しその長男が初代 中村勘九郎でした。猿若座は中村座となります。先代 勘三郎(1955~2012)は18代、その長男 中村勘九郎(44)は6代目、次男が2代 中村七之助(42)です。猿若の功績を讃える猿若祭は1976年に始まりました。

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夜の部演目は以下の通りです。

  一、一谷嫩軍記    陣門・組打  (いちのたにふたばぐんき  じんもん・くみうち)   
                         熊谷直実が平敦盛の身代わりに息子の熊谷小次郎の馘を討つ場面です

  二、雨乞狐(あまごいきつね)
                          勘九郎、七之助 兄弟が扮する狐の演舞

  三、梅ごよみ      向島三囲堤上の場より深川仲町裏河岸の場まで

                          中村隼人、七之助、時蔵、莟玉 ほか

 

一、源平合戦が舞台の「一谷嫩軍記 」全五段のうち二段目。源氏方武将 熊谷直実(1141~1207)が我が息子 熊谷小次郎の馘を平家若武者16歳平敦盛として検分に出し敦盛を逃亡させる物語です。敦盛は後白河法皇の落胤で法皇から助命の願いを受けた義経が、直実に身代わりを立てよと命じ、15歳の我が息子を犠牲にしたのです。小次郎すべて承知で敦盛に扮装し戦場で父子が相対し刀を交え素手で組み合ったうえ、父が子の馘を刎ねるという場面。小次郎は主君 義経の命に従う父 直実の武功を願い覚悟のうえで我が身を差し出す話に仕立てられています。

しかし「平家物語」に書かれた事実は命乞いを拒んだ若武者 平敦盛を、敦盛と知らず逡巡しながらも直実が討ち取ったとあり、また小次郎(後に 熊谷直家、1169~1221)は一谷合戦(1184)で一番乗りで敵陣突入する活躍、源頼朝の奥州藤原氏征伐(1189)では頼朝が称賛した勇壮な武者と記述があるとのこと。直実は家督を小次郎に譲った後1192年頃に出家して蓮生と号し法然の門徒となり源平の死者を弔う旅に出ています。


   一谷嫩軍記は息子の命を奪いながらも主君に仕え忠義を尽くす武士の世界の非情さを描き心の葛藤と懺悔を感動的に描いていますが、敦盛扮する我が子と戦場での白兵戦や公然と馘を討つ場面で、敵味方誰一人として偽の敦盛に気附かないというのはいささか不自然で無理があります。フィクションここに極まれり、といったところ。軍記の第二段は11年ぶりの興行だといいますが、名作「熊谷陣屋」の段に比して興行が少ない理由なのかと思えます。

二、日照りで苦しむ農民を助けたいと二匹の野狐が次々に人間に化けて躍動的な踊りで天に雨乞いを願い、ほとんど台詞なく踊りに踊る明るい一幕。中村兄弟の舞踊はいずれも見事でした。40分弱の短かさでも立派なエンタメに仕上がっています。

三、江戸時代戯作者 為永春水の人情本を原作に明治に入って歌舞伎に仕立てられた作品。超モテモテ男の吉原大店養子の丹次郎が、二人の深川芸者に惚れこまれ恋の鞘当てのドタバタに巻き込まれながら、ある武家の悪事を暴く活躍をするコメディ作品。丹次郎を中村隼人、深川芸者を中村七之助と中村時蔵、丹次郎には許嫁がいてその娘を中村莟玉(かんぎょく)が演じています。最後は、丹次郎は許嫁と祝言をあげ二人の芸者はともに囲われ者(愛人)になりました(イヤホン・ガイド)、でばかばかしくもモテモテ男にふさわしい夢のハッピーエンドで幕を閉じます。玉三郎の跡目を継ぐと言われる七之助の女形は美しく確かに舞台を圧倒していました。

 

勘九郎の熊谷直実を期待して1月、2月と歌舞伎座の観劇にきましたが、まだまだ故 吉右衛門の風格までは及ばないと思わせられました。苦難の武将 役よりもはすっぱな町人、任侠役の方が伸び伸び勘九郎の意気の良さが出て好ましく思えます。もう少し年齢を重ねて渋みがでるのを期待しましょう。

2026年1月26日 (月)

團十郎の『熊谷陣屋』

歌舞伎座につづき新橋演舞場 「初春大歌舞伎」(東京都中央区銀座6丁目)を見に行きました。新橋と言っても銀座歌舞伎座から徒歩5分余り、新装なった歌舞伎座に比べ古くて狭く建物は40年以上前の竣工で歌舞伎だけでなく新劇、歌謡ショーなど多目的に使用されています。ここで歌舞伎を見るのはもう正確な記憶がないほどの一昔になります。人気演目『一谷嫩軍記 熊谷陣屋(いちのたにふたばぐんき   くまがいじんや)』です。市川團十郎の演技よりもこの演目に惹かれて演舞場に足を運ぶことになりました。2月の歌舞伎座では一谷嫩軍記の別の段を勘九郎で見ることを楽しみにしていますが、團十郎の熊谷直実を見てみようと思ったのです。

初春歌舞伎昼の部は、

     一、操り三番叟(あやつりさんばそう)        市川右團次、市川九團次

     二、鳴神(なるかみ)                               中村鷹之資ほか

     三、熊谷陣屋                                        市川團十郎ほか

     四、仕初口上(しそめこうじょう) 市川團十郎にらみ 相務め申し候

です。詳細は省きますが、團十郎の熊谷直実は少し抑揚がなく台詞が平板で迫力をあまり感じませんでした。團十郎は舞台でもごく自然の口調をご本人の身上としていると聞いた記憶がありますが、そのためか息子を殺め武士の非情を嘆く直実の苦悩の表現が吉右衛門に比べ弱く感じ、正直こんなもんかぁというのが私の感想。
     しかしながら演舞場は團十郎のお家芸=「にらみ」を楽しみにやってきたご婦人方ファンで一杯でした。遠目でにらみを効かせるには衆目を集める端正な顔立ち、大きな瞳が必要でハンサムな團十郎ならではの芸でありましょう。にらみとは、黒目をひんがらめに寄せて見得(みえ)を切る伝統芸で不動明王の憤怒の表現だそうです。初代團十郎(1660~1704)が跡継誕生を成田山新勝寺で祈願成就して以来、ご本尊不動明王に帰依する成田屋市川團十郎の「にらみ」を正月に受ければその年の無病息災がかなう?、とはイヤホンガイドの説明でした。

 

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今回もお得な3階席でしたが手摺から3列目で舞台がよく見えます。花道は見えませんがなんと演舞場には2階、3階の左右袖に大画面のモニターがあってオペラグラスを通して役者の動きを伺うことが出来ました。演舞場3階席は歌舞伎座よりもお安く5000円です。これなら一人でフラッと来場するファン、子供連れや、好きな演目だけを選んで気軽に来場できることでしょう。ただ、各階ロビーは狭く開場すぐは大混雑で閉口します。
それでも昨年正月の初春大歌舞伎 尾上松緑『熊谷陣屋』につづき2年続けてこの人気演目を楽しめました。

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3階席からの舞台ーーー  歌舞伎座よりも舞台が近く椅子前後のピッチが広くて快適です しかし座面は硬く長丁場の観劇はお尻が痛くなります

2026年1月 6日 (火)

『壽 初春大歌舞伎』を見てきました

東京銀座歌舞伎座で公演中の『壽 初春大歌舞伎』昼の部(~1月25日、11:00~15:30)に参りました。
中村 勘九郎を見に行ったのです。

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昼の部は次の三題になります。

 

   一、當午歳歌舞伎賑 (あたるうまどしかぶきのにぎわい)
                     正札附根元草摺 
                     萬歳
                     木挽の闘争

  二、蜘蛛絲梓弦 (くものいとあずさのゆみはり) ~尾上右近八変化相務め申し候

  三、源平布引滝   実盛物語

 

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一、は正月縁起物といわれる曽我兄弟の仇討ちです。平安時代末期、伊豆の豪族間所領争いで工藤 祐常の郎従に父親を殺された曽我十郎、五郎兄弟(当時兄 5才、弟3才)が長じて1193年源頼朝の重臣となった工藤を討つ物語です。1676年歌舞伎初演、正月興行で曽我狂言を行うようになって人気を博しその後長く正月上演されるようになりました。十郎(1172~1193)を隼人、五郎(1174~1193)を巳之助が演じるほか勘九郎、幸四郎、右近、米吉など若手人気役者が勢ぞろいで盛り上がり舞踊自慢を競い合う華やかな舞台です。演題の「賑やか」そのもので仇討ちの緊迫感などとは遠い印象です。まさに正月早々の縁起良さを感じさせます。勘九郎は主に舞姿を見せていましたが思った以上に上手で意外でした。

 

二、 源頼光(944~1021)の蜘蛛の妖怪退治の架空の物語。妖怪を尾上右近が演じ早変わりで八体の装束替えを見せてくれます。すっぽん、宙吊りなど神出鬼没に走り回り軽やかな身のこなしで大入り満員の観客を釘付けにしていました。頼光は脇役で妖怪が主役。この舞台にも巳之助、隼人が脇を固め、隼人ファンのかみさんも大喜びでした。また清元宗家を務める右近が 劇中 三味線を弾き、浄瑠璃を謳う場面も披露してくれます。溌剌とした尾上右近を観客もたっぷり楽しんでいました。八面六臂ならぬ八面八臂(8本足の蜘蛛だけに?)の大活躍でした。

3階Aの隣の席に背の高い、大柄な青年がこの2作目だけを見にやって来ましたが1作目、3作目は不在。不思議なことで、一幕見ならさらに安い4階席があるので友人、知人がチケットをもらって右近を応援に来たのかも知れませんね。

 

三、 源平合戦の武将ものです。源 義賢の妻 葵御前は平家の追手から逃れ琵琶湖の百姓家 九郎助夫婦、その娘 小万と孫 太郎吉(7)に匿われています。そこに清盛から源氏根絶やしの命を受けた平氏 武将 斎藤実盛(1111~1183、実在の人物)と老将 瀬尾兼氏 が葵御前を詮議し懐妊している胎内児が男か女か腹を掻っ捌いて調べるとやって来ます。男であれば殺すと言いますがたとえ女児であっても助かるはずはありません。実盛を中村勘九郎、兼氏を尾上松緑が演じます。

    実盛は元は源氏に仕え平氏方に転じたものの誠実、重厚で周囲から信頼される人物。だがいまだ心情的に源氏シンパという前提です。葵御前が劇中生んだ男子は後の木曽義仲(1154~1184)で実盛は一計を案じて母子の命を助けます。

    兼氏が実盛の裏切りを清盛に暴露しようとするものの、母親 小万が実は兼氏が若いころに捨てた子で、太郎吉は実の孫であることをさとります。そこで一転、太郎吉に自分の腹に刃をあてさせ平氏 武将を討った手柄を手に義仲の最側近として源氏に組させようとします。一方、実は斎藤実盛はやむを得ぬ状況下、この詮議の前に琵琶湖で小万を殺めたことから、今でなく将来成人した太郎吉と合戦でまみえて仇討ちに応じようと太郎吉に約束してこの舞台は幕を閉じます。実盛は太郎吉に進んで討たれるつもりなのです。

    実盛役 中村 勘九郎は寡黙で思慮深い大人(たいじん)を演じているものの、 兼氏役 尾上松緑は声が通らず言語不明瞭ながら却ってわが孫に対する情の深さを感じさせる見事な演技で 主役の勘九郎を大いに食っていました。
歌舞伎と史実はかなり相違し、斎藤 実盛が2歳の義仲の命を救ったという話、実盛は70才を越えて白髪を染めて合戦に出、義仲の軍勢に討ち取られた逸話が「平家物語」にあり、命の恩人の死を知った木曽義仲は涙したと綴られているそうです。

 

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初春歌舞伎は若手人気役者の勢ぞろいで大変楽しい舞台でした。今月は大相撲両国一月場所も楽しみだったのですが、抽選は最大限の3日分応募しても全滅でいまや大相撲チケットもプラチナ化しています。悔しいばかりに一月下旬 新橋演舞場の初春歌舞伎夜の部「一谷嫩軍記 熊谷陣屋」(市川團十郎)を見ることにしました。新橋演舞場にもお得な3階A席(6500円)があり割と気軽に歌舞伎を楽しめます。続く二月歌舞伎座でも「一谷嫩軍記 ~陣門・組打」(中村勘九郎)があり、ちょいと頑張って連荘することに致します。

2025年12月 9日 (火)

歌舞伎座「芝浜革財布」を見ました

東京銀座歌舞伎座で開演中の「十二月大歌舞伎」昼の第二部を見に行きました。
         第二部は午後2時45分から  尾上松緑  「丸橋忠弥」、中村獅童・寺島しのぶ  人情噺「芝浜革財布」です。

第三部(夜)は玉三郎「火の鳥」が人気を呼んで大入り状態に比して第二部は八割ほどの入りで空席が目立ちました。しかし芝居の出来は上質で見ごたえがあり楽しいものでした。

 「丸橋忠弥」は1651年軍学者 由井正雪(1605~1651)が江戸幕府転覆を企てたものの失敗し(史実)、首謀者の一人 丸橋忠弥(生年不詳~1651)が捕縛方に囲まれ大立回りの末に捕らえられる場面を描いたものです。忠弥を演じる、地味で渋めの松緑が捕縛役人30名と20分以上の長丁場で抵抗します。その立ち回り場面はアクロバットあり息を飲むほどの激しい回転跳びの連続芸で、若手の捕縛方はとても歌舞伎役者でなく本物の曲芸師に思えるほどで見事でした。また松緑の巧みな身のこなしにびっくり、飲んだくれの浪人を装って過ごす前半一幕は退屈ですが、この立ち回りには観客の目が冴えて舞台に釘付けでした。

「芝浜革財布」は名作落語の舞台化。大正時代に初演されたといいます。酒や博打好きなだらしない男が世話女房の支えで改心しやがて思わぬ幸運に恵まれる落語舞台劇「文七元結」とよく似た人情噺です。根は真面目で商売熱心だが酒好きで失敗しがち貧乏生活から抜けられない魚行商の勝が女房の一計に乗せられ精進して大店をもつまでに出世する物語。ちょいと間抜けで人の良い勝を獅童、女房たつを寺島しのぶがほのぼのとした演技を繰り広げます。獅童がこの手の人物を演じるとよく嵌って見栄えがします。

 

歌舞伎座は久しぶりで、いつもの3階A席(6000円)をチョイス、気軽に楽しめました。1月初春、2月に続けて中村 勘九郎の芝居があります。当代若手一番の勘九郎を見に再度来ることになりそうです。

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