東京銀座歌舞伎座で公演中の『壽 初春大歌舞伎』昼の部(~1月25日、11:00~15:30)に参りました。
中村 勘九郎を見に行ったのです。
昼の部は次の三題になります。
一、當午歳歌舞伎賑 (あたるうまどしかぶきのにぎわい)
正札附根元草摺
萬歳
木挽の闘争
二、蜘蛛絲梓弦 (くものいとあずさのゆみはり) ~尾上右近八変化相務め申し候
三、源平布引滝 実盛物語
一、は正月縁起物といわれる曽我兄弟の仇討ちです。平安時代末期、伊豆の豪族間所領争いで工藤 祐常の郎従に父親を殺された曽我十郎、五郎兄弟(当時兄 5才、弟3才)が長じて1193年源頼朝の重臣となった工藤を討つ物語です。1676年歌舞伎初演、正月興行で曽我狂言を行うようになって人気を博しその後長く正月上演されるようになりました。十郎(1172~1193)を隼人、五郎(1174~1193)を巳之助が演じるほか勘九郎、幸四郎、右近、米吉など若手人気役者が勢ぞろいで盛り上がり舞踊自慢を競い合う華やかな舞台です。演題の「賑やか」そのもので仇討ちの緊迫感などとは遠い印象です。まさに正月早々の縁起良さを感じさせます。勘九郎は主に舞姿を見せていましたが思った以上に上手で意外でした。
二、 源頼光(944~1021)の蜘蛛の妖怪退治の架空の物語。妖怪を尾上右近が演じ早変わりで八体の装束替えを見せてくれます。すっぽん、宙吊りなど神出鬼没に走り回り軽やかな身のこなしで大入り満員の観客を釘付けにしていました。頼光は脇役で妖怪が主役。この舞台にも巳之助、隼人が脇を固め、隼人ファンのかみさんも大喜びでした。また清元宗家を務める右近が 劇中 三味線を弾き、浄瑠璃を謳う場面も披露してくれます。溌剌とした尾上右近を観客もたっぷり楽しんでいました。八面六臂ならぬ八面八臂(8本足の蜘蛛だけに?)の大活躍でした。
3階Aの隣の席に背の高い、大柄な青年がこの2作目だけを見にやって来ましたが1作目、3作目は不在。不思議なことで、一幕見ならさらに安い4階席があるので友人、知人がチケットをもらって右近を応援に来たのかも知れませんね。
三、 源平合戦の武将ものです。源 義賢の妻 葵御前は平家の追手から逃れ琵琶湖の百姓家 九郎助夫婦、その娘 小万と孫 太郎吉(7)に匿われています。そこに清盛から源氏根絶やしの命を受けた平氏 武将 斎藤実盛(1111~1183、実在の人物)と老将 瀬尾兼氏 が葵御前を詮議し懐妊している胎内児が男か女か腹を掻っ捌いて調べるとやって来ます。男であれば殺すと言いますがたとえ女児であっても助かるはずはありません。実盛を中村勘九郎、兼氏を尾上松緑が演じます。
実盛は元は源氏に仕え平氏方に転じたものの誠実、重厚で周囲から信頼される人物。だがいまだ心情的に源氏シンパという前提です。葵御前が劇中生んだ男子は後の木曽義仲(1154~1184)で実盛は一計を案じて母子の命を助けます。
兼氏が実盛の裏切りを清盛に暴露しようとするものの、母親 小万が実は兼氏が若いころに捨てた子で、太郎吉は実の孫であることをさとります。そこで一転、太郎吉に自分の腹に刃をあてさせ平氏 武将を討った手柄を手に義仲の最側近として源氏に組させようとします。一方、実は斎藤実盛はやむを得ぬ状況下、この詮議の前に琵琶湖で小万を殺めたことから、今でなく将来成人した太郎吉と合戦でまみえて仇討ちに応じようと太郎吉に約束してこの舞台は幕を閉じます。実盛は太郎吉に進んで討たれるつもりなのです。
実盛役 中村 勘九郎は寡黙で思慮深い大人(たいじん)を演じているものの、 兼氏役 尾上松緑は声が通らず言語不明瞭ながら却ってわが孫に対する情の深さを感じさせる見事な演技で 主役の勘九郎を大いに食っていました。
歌舞伎と史実はかなり相違し、斎藤 実盛が2歳の義仲の命を救ったという話、実盛は70才を越えて白髪を染めて合戦に出、義仲の軍勢に討ち取られた逸話が「平家物語」にあり、命の恩人の死を知った木曽義仲は涙したと綴られているそうです。

初春歌舞伎は若手人気役者の勢ぞろいで大変楽しい舞台でした。今月は大相撲両国一月場所も楽しみだったのですが、抽選は最大限の3日分応募しても全滅でいまや大相撲チケットもプラチナ化しています。悔しいばかりに一月下旬 新橋演舞場の初春歌舞伎夜の部「一谷嫩軍記 熊谷陣屋」(市川團十郎)を見ることにしました。新橋演舞場にもお得な3階A席(6500円)があり割と気軽に歌舞伎を楽しめます。続く二月歌舞伎座でも「一谷嫩軍記 ~陣門・組打」(中村勘九郎)があり、ちょいと頑張って連荘することに致します。