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旅行・地域

2026年4月 8日 (水)

湯田中温泉よろづや

長野県湯田中温泉よろづや旅館に物見遊山で一泊、ついでに長野市内に一泊しまた善光寺参拝をしました。
よろづやは木造伽藍建築の登録有形文化財『桃山風呂』見参が目的でした。

2月14日テレビ東京「新美の巨人たち 文化財に泊まろう」でこの大浴場の特集で興味を惹かれたのです。しばらく温泉にご無沙汰だったかみさんもすぐに同意したのでした。よろづやの初代オーナーが戦後に純和風の粋をこらした旅館建築を志し、全国から名うての宮大工を集め3年余をかけて築造した大浴場で、広々とした楕円形浴槽、格天井、粋な破風の木造建築でそれは見事でした。チェックアウトの際に見学させてくれて写真撮影の機会を設けるほどご自慢であることがよく分かります。小野学さんという三代目が長野高校、慶応大卒のオリンピックスキー選手で旅館の中にコーチを務めた長野冬季オリンピックのトロフィーや金メダル日本選手たちのサイン寄書きなどを展示するコーナーがありました。湯田中の湯は単純泉で肌に柔らかな落ち着いた肌触りで、風格のある大浴場の天井を眺め長湯をして飽きませんでした。

 

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よろづやロビー 内装は純和風ですが鉄骨コンクリート造りで1950年代からの建物です

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ご自慢の桃山風呂浴槽 


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腕自慢の宮大工が丹精こめて建築したことが想像できます




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神社と見まがう破風 露天風呂からの眺め



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日本庭園の中の池のごとき露天  五重塔やら灯籠やら、歌舞伎大役者市川羽左右衛門の碑があって興味が尽きませんでした
ただし湯田中の春の露天はまだ寒い 羽左右衛門は大戦中 湯田中温泉に疎開していたそうです




 

よろづやチェックアウト後、長野市内移動の前に小布施散策を試みましたがあいにくの小雨、おまけに長野でも異例の寒さで手がかじかみ、通りには観光客も少なく、北斎ミュージアムは展示替え休館、北斎天井絵で有名な岩松院まで歩く気力も失せ、桜井甘精堂の食事処、栗の木カフェで喫茶をして早々に引き上げました。よろづやでデンマークから観光来日しているご夫婦もこの日小布施に行くと話しておられましたが、この寒さでは散々だったことでしょう。

 

 

長野駅ビルJRホテル メトロポリタン長野で一泊をして帰路の新幹線乗車前に善光寺を参拝しました。境内の桜は満開、ちょうど見頃で大満足。ここでもおそらく欧州からの白人観光客が大勢押しかけていました。長野市内から松本城、馬籠宿散策が人気を博しているようです。

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善光寺山門  来年令和8年は御前立阿弥陀三尊のご開帳の年です


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県立美術館方面から本堂を眺めるとその偉容を実感します(残念ながらその感動をこの写真ではお伝えできません) 
境内は満開の桜で ようやく到来した信州の春を満喫できます


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境内奥に聳える戦没者慰霊の忠霊塔



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境内の桜は満開見頃でした

2026年3月20日 (金)

奈良・南山城旅行記

   15日から4泊夫婦連れだって奈良と京都木津川南山城を旅行しました。長らく訪れようとして適わなかった明日香と当尾(とうの)の散策です。

第1日 3月15日(日)奈良橿原へ移動、橿原神宮参拝

  東海道新幹線新横浜発ひかり号で京都経由、近鉄橿原神宮前駅まで移動、橿原神宮駅前1分のグランドメルキュールホテル橿原に宿泊(2泊)をしました。ひかり号は外国人観光客の周遊フリーパスで人気があるため、途中駅での乗り下りで入れ替わりがあるもののほぼ満席です。

ホテルに荷物を預け早速、橿原神宮を参拝しました。橿原神宮は1890年創建の新しいが旧国家神道官幣大社、主祭神に神武天皇を祀る大神社です。橿原には天皇の畝傍橿原宮があったと伝えられます。日曜なので参拝客もそれなりにいましたが広大な境内は静謐が保たれ厳粛な空気に包まれています。

 

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近鉄橿原神宮前駅中央(西口)  駅前は見事になにもありません

 

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第一鳥居 あいにくの曇天

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橿原神宮外拝殿


参拝後ホテルにチェックインし休憩後、夕食をとるために近鉄駅周辺に出ましたが適当なレストランが見つかりません。ホテルに豪勢なディナーバイキングがあるものの一人1万円近く、とても元が取れるほどの食欲もなく、結局数少ない選択肢のうちファミレスCoco’sに入ることにしました。駅前の飲食店、商店は夕方6時頃ともなるとほとんど店仕舞いして、ここでの食事や土産物購入には事前調べが必須です。

  橿原に宿泊先を決めたのは翌日の明日香村周遊に備えるためで、周遊バスが駅前始発であること、近鉄奈良・橿原神宮前間所要70分を省略するためでした。橿原のホテルはメルキュールとカンデオの二つだけなので宿泊客が集中し予約を早めにとることが必要です。たまたまこの日メルキュールには団体客が入っていて200室以上が満室、朝食ビュッフェは大混乱、ただご高齢カップルがほとんどだったので騒がしいことはありませんでした。

 

 

第2日 3月16日(月)明日香散策

飛鳥時代の遺跡が数多く残り有名な明日香村の周遊は長く希望していたものの今回が初めてでした。飛鳥大仏旧法興寺、蘇我馬子墳墓石舞台は複数回訪れたことがありますが、岡寺、橘寺また石の建造物群は初めてです。

  明日香村周遊コミュニティかめバスは一日750円の周遊チケットで乗り下り自由、奈良交通委託の中型バスで1時間に1本周回しています。周遊チケットは近鉄駅中央改札(西口)もしくは東口にある観光協会(9時以降)で買い求めます。今回はバス経路の順に従い、

  飛鳥寺→ 酒船石、亀型石造物遺跡→ 岡寺→ (昼食) → 石舞台→ 橘寺→ 亀石→ 近鉄橿原神宮前駅

のコースを辿ることにしました。コースには明日香資料館や高松塚古墳などもありますが、もっぱら三つの寺院参拝が目的でした。

飛鳥寺 正式名 創建時 法興寺 現在は鳥形山安居院 真言宗豊山派 創建596年 開基 蘇我馬子(551~626)本尊 銅造釈迦如来座象(重要文化財)

  蘇我馬子は聖徳太子とともに廃仏派 物部氏と戦い、太子の後見とも影の支配者ともなった豪族で、蘇我氏々寺法興寺は日本初の本格的仏教寺院とされます。創建時は三つの金堂と舎利塔、講堂、回廊を持つ大寺院でしたが、現在は江戸期に再建された本堂だけが残ります。通称「飛鳥大仏」の釈迦如来座像は 法隆寺釈迦三尊(国宝)と同じ鞍作止利(くらつくりのとり、渡来仏師) 609年の作とされています。この寺は珍しく仏さまの撮影を許可してくれました。大仏は頭部より下は江戸時代の補綴とされますが(通説)、早稲田大学調査で大部分飛鳥時代の素材が残っているとする研究もあります。法興寺は平城京遷都にともない奈良市内に移転し現在の元興寺となり、同時にこの法興寺も廃されず残りました。境内の外側に乙巳の変(645年)で首を刎ねられた蘇我入鹿(馬子の孫)の首塚があります。

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飛鳥寺山門 奥の本堂と鐘楼だけが残っています

 

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丈六の釈迦座像 古代より安置された場所が変わらないそうです



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645年乙巳の変で中大兄皇子、中臣鎌足に首を刎ねられ殺害された蘇我入鹿の首塚    
蘇我蝦夷、入鹿父子は時の天皇(当時はまだ大王と呼ばれていました)を蔑ろにして権力をふるい大王勢力から排斥されたのです 
大王中心政治の大化の改新がそこから始まります



飛鳥寺の次は快晴の下、徒歩で亀型石造物、酒船石を訪れました。祭祀用具と推定されているものの正確な用途は謎です。次の岡寺には周遊バスを逃して歩きましたが仁王門までの数百メートルの登り坂はきつい。仏道修行を思わせる立地でした。

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亀型石造物

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酒船石

岡寺 正式名 東光山真珠院龍蓋寺(りゅうがいじ) 真言宗豊山派 創建663年 開基 義淵(643~728) 本尊 如意輪観音(塑像、重要文化財)

  通称名の岡寺は「飛鳥の岡」由来といいます。この地で悪行をする龍を法相宗僧侶 義淵(ぎえん)が寺の池に沈め蓋をして封じ込め厄難を取り除いた故事から「日本最初の厄除け霊場」と伝えられます。仁王門、書院は明日香村では少ない、建造物重要文化財です。参拝する善男善女がひっきりなしでした。

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岡寺本堂 塑像如意輪観音像が祀られています
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厄除けのご利益祈願お守りの返納「実」がなる境内の樹

 

 

昼食は岡寺麓、「市場筋」といわれる街道を思わせる大きな道に立つ古い商屋にある『Cafe ことだま』(奈良県高市郡明日香村岡1223) に入りました。ガイドブックにも掲載される洒落た古民家カフェで、入るなり「予約のお客様ですか?」と聞かれました。実は予約で一杯、11時過ぎフリー2組目だったので辛くもランチにありつけました。「奈良に美味いものなし」という言葉がありますが、ここは例外。2種類の1600円ランチプレートだけで、売り切れ次第終了の人気店でした。昼食の後は腹ごなしのウオーキング、15分ほどで石舞台遺跡です。

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岡寺麓の市場筋 江戸時代を思わせる町並み  土佐から工人、石工などが移り住んで栄えた土佐街道が近くを南北に走っていたそうです

 

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古民家Cafe ことだま


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ことだまランチプレート  地産地消だそうですが とくに舞茸天ぷらが美味しかったです


特別史跡 石舞台古墳 築造7世紀推定横穴式石室の方形墳

 被葬者は蘇我馬子と推定されています。玄室7.7m長×3.5m幅×4.7m高、使用された石の総重量は2300トン。石室を覆っていた盛土が流されて露出したままで石室内部もよく観察できます。墳墓わきに複製の石棺が置かれています。周囲の豪土手には桜が植えられ満開の折にはさぞかし美しい風景だろうと想像されます。

 

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石舞台古墳 地下石室に入ることができます  背景のピンクの樹は桜ではなく「花梅」だそうです

 

石舞台バス停から三駅ほど進むと明日香村役場があり近隣の民家わきにユーモラスな姿の亀石がありました。3.6m長×2.1m幅×1.8m高の花崗岩に動物の顔らしきものが彫られています。亀と確定しているわけではありませんが悠然とも鈍間とも思える表情でユーモラスで愛らしく見えます。実のところ、用途も何を表現している彫り物なのかも分からず、不気味な妖怪に見えないこともありません。本当に民家の庭先に置かれた感じで鎮座していて意表を突かれます。まこと明日香村はワンダーランドです。

亀石ちかく聖徳太子生誕の地にある橘寺を訪れました。

 

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亀石 いつの時代なのか? 彫られたものが動物なのか? 亀なのか? 謎の彫刻です

 

橘寺 正式名 仏頭山上宮皇院菩提寺 天台宗 創建606年 開基 推古天皇(554~628)本尊 聖徳太子勝鬘経講讃像 

  この地に聖徳太子(574~622)祖父欽明天皇(509~571)別宮の「橘の宮」があり、そこで聖徳太子が生誕しました。推古天皇の命により聖徳太子が勝鬘経(しょうまんぎょう)のご進講をしたところ、南の山に千の仏頭が出現して光り輝き太子の冠から日月星の光が輝く不思議な現象が起こり霊感を得た推古天皇が橘寺を創建したという縁起が残されています。ちなみにこの経典は在家女性信者の説話が書かれているもので女性である推古天皇を讃えるものとも、聖徳太子がもつ男女平等思想の象徴ともされているものです。寺には重要文化財指定の太子座像ほかにいくつかの仏像がありますが残念ながら拝観することはできませんでした。境内には、聖徳太子愛馬の黒駒像、人間の心に潜む善悪二面を表すその名も「二面石」が置かれていました。

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聖徳太子 愛馬 黒駒号


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境内にある二面石 どちらが善か悪か私には分かりません このような善悪二面内在の表現はギリシャ、ペルシャ、インドなどの神話にもみられるそうです

 

この日夕食は駅周辺で見つけた橿原オークホテル(橿原市久米町神宮前905-2)のレストランでした。美味しそうな洋食の看板が出ていたので試しに入りました。昔の商人宿がビジネスホテルに進化した感じというと口が悪いですが、館内の案内を見ると結婚披露宴とか小規模な宴会会場を提供しているようで丁寧な料理で正統洋食店という感じです。別のテーブルで家族連れが食事をすませて手土産にホテルのショートケーキを注文していました。地元の常連客がいるようでこの店はちゃんとした穴場なのでしょう。探せばあるもんです。


第3日3月17日(火) 奈良市内ホテルへ移動

  3日目は橿原から奈良市内のホテルに移動をするのですが4日目の天気予報が曇り後雨の悪天候のため、晴天の今日京都南山城当尾の里(みなみやましろとうののさと)を巡ることにしました。近鉄橿原神宮前から近鉄奈良駅、JR奈良駅へ向かいJR駅前のダイワロイネットホテル奈良に荷物を預けます。JR奈良から大和路線に乗車、二駅の加茂駅で木津川市コミュニティバスに乗換え岩船寺に向かいます。

   JR加茂駅→ コミュニティバス15分 岩船寺→ 当尾 石仏の道 (徒歩30分)→ 浄瑠璃寺→ コミュニティバスで加茂駅に戻る行程です。

国宝九体阿弥陀仏で有名な浄瑠璃寺へは、オンシーズン4月以降はJR奈良駅から直通急行バスがあり便利なのですが今月は1時間1本の加茂駅からのコミュニティバスが頼りです。かつては加茂駅から奈良交通路線バスが運行されていましたが赤字の煽りで自治体主体運行のコミュニティバスに代わりました。地元民の足とはいえ我々が乗車した奈良交通委託中型バスには市民の乗客は1人のみ、それもすぐに下りて行かれたのでこの路線は依然採算が厳しそうで参拝客のために存続を切に願わざるをえません。岩船寺は加茂駅からタクシーでも2000円程度で行けるのですがタクシーは常時待機していないのです。ともあれ、この日はJR、コミュニティバスの連絡よく滞りなく岩船寺に到着できました。

 

岩船寺 京都府木津川市 正式名 高雄山報恩院岩船寺 真言律宗 創建729年 開基 行基(668~749)本尊 阿弥陀如来坐像(重要文化財)

  別名あじさい寺で花の寺として有名。こじんまりした境内に小柄で可憐な三重塔(重要文化財)が美しい。画像はありませんが欅一木造高さ3mの阿弥陀如来(重要文化財、946年)は堂々とした立派な作風です。1970年代学生時代に訪れたものの記憶が全くありませんとご内儀に謝罪したら、本堂は1988年に再建されたので当時は整備されていなかったでしょうと笑って返されました。あじさいだけでなく紅葉の頃は阿字池に映える三重塔がさぞかし参拝客の目を楽しませてくれると想像できます。それにしても人里離れた山中の寺院で、その昔この一帯は浄瑠璃寺とならぶ奈良僧侶の修行の場となっていました。弘法大師(774~835)とその甥 智泉(789~825)が再興させた歴史もあります。

 

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岩船寺 三重塔 紅葉の時期 風景は一変します

 

 

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本堂 阿弥陀如来坐像は超然としておられました

浄瑠璃寺 京都府木津川市 正式名 小田原山法雲院浄瑠璃寺 真言律宗 創建1047年 開基 義明(~?)本尊 九体阿弥陀如来座像(国宝) 薬師如来座像(重要文化財)

  古くはこの地一帯を小田原といったそうです。創建時の本尊は薬師如来で東方浄瑠璃浄土の主とされ寺の名前の由来となっています。九体の阿弥陀如来は平安末法思想のさなか、阿弥陀さまに来迎されて浄土に招かれることが貴族諸公の悲願でした。時の最高実権者 藤原道長(966~1028)が死の床にあって九体の阿弥陀如来と五色の糸で指を結び極楽浄土に旅立つことを願ったのは有名な逸話です。道長は法成寺を建立し九体阿弥陀堂を建設し当時の貴族も続きましたが現在は浄瑠璃寺阿弥陀堂が唯一残されました。もとは興福寺末寺で法相宗僧侶の修行の場とされ明治以降に真言律宗に転じています。

 

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有名な九体阿弥陀堂

 

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浄瑠璃寺三重塔 薬師如来坐像がご本尊 2023年東京国立博物館特別展「南山城の仏像」にお出ましでした
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風雨にさらされ朧気に残った不動明王 一願不動

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一番人気のわらい仏 阿弥陀三尊磨崖像

260317123714130阿弥陀地蔵磨崖仏(からすの壺)
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藪の中三仏磨崖像

岩船寺と浄瑠璃寺の間は当尾(とうの)と呼ばれ至る所に石掘の仏像群が残される石仏の道として有名です。じっくり見ていけば1時間、2時間はかかると思いますが、足下の悪い崖を歩くこともありそのうちの数体だけを拝観することにしました。所要は約30分、明るい日差しの中、里山を歩くのはちょっとしたハイキング気分。母娘親子で仲良く歩く人、ワンダーフォーゲル装備で歩くグループを見かけました。なお岩船寺からは下り坂で浄瑠璃寺に向かうとウオーキングが楽になります。浄瑠璃寺からJR加茂駅までコミュニティバスで20分で戻れます。

  

 

昼食は浄瑠璃寺山門前にあるそば・うどん「あ志び乃店」で山菜天ぷらそば定食をとりました。寺の近くにあるのはこの店ともう一店の和食屋(この日は休業)、Cafe(この日休業)があるだけで、味も値段もどうかな?と思いながら席につきましたが、注文したそばは大当たり「奈良に美味い店」がありました(いやいや、ここは山城、京の山中でした)。おまけに、窓の外、中庭の大寒桜が満開、メジロ十羽ほどが花をついばんでいました。思わぬ花見ができて夫婦二人で大喜びでした。浄瑠璃寺境内はあせび(あしび)がそこここで花盛りです。

 

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昼食の天ぷらそば 確かお値段1300円で良心的でした


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窓には大寒桜が満開

 

第4日3月18日(水) 斑鳩 法隆寺・中宮寺

 朝から雲行きの怪しいこの日はひさしぶりに 斑鳩 法隆寺と中宮寺を訪ねることにしました。もう何度目かわかりませんが来るたびに法隆寺の広大さ、厳粛で清められた境内にひそかな感動を覚えます。西院伽藍・大宝蔵院・東院伽藍入場の通し券が値上がりしているのが残念ですが文化財の宝庫といえる法隆寺だけに十分それだけの価値があるといえます。かみさんがファンの中宮寺 如意輪観世音菩薩(国宝)にもお会いできて斑鳩探訪を終えました。

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法隆寺東院伽藍そばにある中宮寺本堂

 奈良公園にもどり昼食は一度入ってみたかった奈良県庁食堂でのランチです。県庁6階の食堂は県庁職員のみならず部外者の一般市民、観光客ですら利用を断られません。我々夫婦が食べている間にも、白人の観光客十名ほどが団体で押しかけてきて日本語表示だけの自動券売機の前で右往左往、それを見かねた厨房の若い女性スタッフが慣れた仕草でにこにこしながら案内していました。観光ニッポンのお役所食堂ランチが口コミで人気があるとは驚きです。リーズナブルのお値段で悪くない質と量、おまけに行列ができるほどは混みはしないのだから、お得といえばお得です。

県庁食堂お試しの後は雨が降り出したあいにくの空模様で、天極堂本店で葛餅デザート、興福寺国宝館で阿修羅像に再会して一日を終えました。そろそろ旅の疲れが出てきて早い時間にベッド入りをすることにしました。橿原、奈良市内の宿泊はどちらのホテルももはや老夫婦へのサービスなのか、部屋をアップグレードしてくれてとくにダイワロイネット奈良では角部屋、二面大きな窓のコーナーツインの快適な部屋を提供してくれました。ラッキーです。

 

 

第5日3月19日(木) 最終日 京都へ立ち寄り帰路

  最終日。早めにチェックアウトをして荷物を宅急便で送り返す手配をすませ身軽になりました。ホテルの向かいの農協直売店をのぞいているうち、美味しそうな地元の苺を買ってみることにしました。新幹線車内でおやつにでもするかと思いつきでしたが、結局帰宅してから食べたところ、あまりの甘さと香りの良さに感激。熱海の駅ビルの農協即売の苺と同クラスのできの良さです。おまけに安い。毎日利用するスーパーのおよそ7掛けほど。これからは奈良でのデザートの果物はこの直売場で買うことにしましょう。さて午後の新幹線乗車まで京都太秦広隆寺を久方ぶりに訪ねることにしました。JR奈良線で京都駅、市営地下鉄四条、阪急大宮、嵐山電鉄太秦広隆寺とこれもちょっとした長旅です。

 

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JR奈良駅ダイワロイネット前にある農協直売所 まほろばキッチン の苺  大変甘かったです

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京都市内で最も古い寺院 蜂岡山広隆寺 創建603年聖徳太子ゆかりの寺院で東寺と並ぶ国宝仏像の宝庫です

 

四条河原町へ踵を返し、昼食は四条大橋たもと南座前のにしん蕎麦『松葉』でした。あまりに有名な店ですが1時過ぎで満席、20分待って鰊蕎麦と湯葉豆腐そばを注文しました。次回は隣席の若者が食べていた美味そうな蕎麦つき定食のメニューを選ぶことにしたいと思いました。栗蒸しようかんの名店 祇園甘泉堂は臨時休業で肩すかし、かみさんご愛好の京都四条 香鳥屋で記念のプチ・リュックをプレゼントし、さらに京都駅で土産物を探し求めて、盛りだくさんだった楽しい奈良旅行を終えました。

2025年11月13日 (木)

叡福寺参拝

11月11日に高校学年同窓会が開催されて参加しました。会場はJR大阪駅ビルの中のイベントホールです。

当日移動のため5時半に起床し9時前ののぞみに乗車、新大阪駅11時到着です。大阪駅から徒歩7分のホテル(新阪急ホテルANEX)に荷物を預けて12時から参加、一次会の後、少人数で二次会カラオケで楽しいひと時を過ごし早めに解散、久しぶりに吉野家牛丼、味噌汁をテイクアウト、ホテルでひとり夕食をとりました。

 

翌朝、足を伸ばして大阪府の南部にある叡福寺(えいふくじ)を訪れることにしました。厩戸皇子(うまやとのおうじ)の陵のある寺院です。厩戸皇子とは622年薨去した聖徳太子のことです。聖徳太子御廟は宮内庁が管理して別名 叡福寺北古墳といわれ、太子が母 穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ、用明天皇皇后)、妃 膳部菩岐々美郎女(かしわでのほききみのいらつめ)とともに埋葬されています。推古天皇が埋葬地を寄進し墓守として香華寺が設けられ後に叡福寺という名称の寺院になった(正確年不詳)といわれます。太子御廟として歴代天皇が参拝し空海、親鸞、叡尊、一遍、日蓮など高僧が参篭して太子信仰の中心地の一となりました。16世紀織田信長軍 明智光秀の焼き討ちにあい全焼、豊臣秀頼が復興し現在の境内となったとされます。

   正式名  磯長山 叡福寺(しながさん えいふくじ)  真言系太子宗単立寺院   大阪府南河内郡太子町 

叡福寺は近鉄喜志駅からバス10分の距離にあります。大阪駅からJRもしくは地下鉄 天王寺駅、近鉄阿倍野橋駅で乗換え河内長野線準急で喜志駅に向かいます。大阪駅よりちょうど1時間。バスは1時間に一本程度で不便なのでTAXI GOアプリで近鉄タクシーを呼ぶと10分もかからないうちに手配できました(片道2000円)。大阪のベッドタウンですがまだまだ田園風景が残っています。寺は太子聖地として隆盛を極めただけあって思った以上に大きな立派な寺院でした。重要文化財に聖霊殿、多宝塔、数点の書画があるくらいで、古文書、諸仏像を収蔵する宝物館は土日のみ開扉で入館することができませんでした。午前中に参拝したのですが広大な境内は静かで私の外に参拝者が数名ほど、聖徳太子御廟の円形古墳は鬱蒼とした常緑樹の森でまことに静謐な空気に包まれています。御廟の前に立ち合掌礼拝すると畏敬の念に背筋が自然に伸びるおもいでした。聖徳太子偉業に関心のある方にはぜひ一度参拝されることをお勧めします。

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叡福寺 南大門

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多宝塔 重要文化財  1652年再建

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金堂   大阪府指定有形文化財   1732年再建  本尊如意輪勧音菩薩  非公開

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聖霊殿  重要文化財1603年再建     傍らの松は「三葉の松」

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境内北に接する磯長陵 太子御廟  径50m高さ10mの円墳です

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御廟    江戸時代までは石室内に入れましたが明治12年に学術調査および修復が行われ宮内庁管理皇族墓として規制されました   棺の中の遺骸は風化して残っていなかったといいます    ちなみに棺の断片が大阪柏原市 安福寺に残されていることが昭和の末になって判明しました  その断片は高価な絹の生地を積重ねて固め作られた贅沢なもので非常に高貴な人物のために制作された棺蓋の一部と推定されています

2025年11月 8日 (土)

秋田新玉川温泉逗留(11回目)

11月3日から7日まで恒例の秋田仙北市新玉川温泉にミニ湯治に出かけました。新玉は11回目の逗留になります。

秋田ブナ原生林で紅葉の名所の一つとされる玉川温泉一帯ですが、ちょうど紅葉のピークが過ぎて落葉が始まっていました。おそらくピークは1週間前のようでした。温泉のある焼山中腹800m付近では日増しに温度が下がり落葉が進んで景色が毎日変化していき厳しい冬の到来を予感させられました。滞在中大浴場に足を運ぶこと12回、屋内岩盤浴1回で、PH1.2の強酸性湯で肌がピリピリし始めた頃に帰路につき、幸い湯あたりに悩まされず快適な時間を過ごせました。八幡平の道路は凍結のおそれがあり夏のシーズンと異なりツアー客がめっきり減っていました、それでも中国語とハングルのグループ、団体客を見かけて少し驚きました。物見遊山に来るツアー客は少ないはずで、難病湯治の評判が海外客に浸透しているのかも知れません。

滞在中、毎回本玉(本家の玉川温泉)には遊歩道を10分ほど歩いて行くのですが熊出没の危険性があり、ホテル運行のシャトルバスや路線バス(6~7分、200円)を使うことになりました。本玉散策中、空砲射撃音と爆竹が突然鳴ってびっくりしましたが、どうやら大音量で熊除けをおこなっているのだそうでした。もっともこれは滞在客を安心させるのが目的で、地元の人は口をそろえて「山の餌は凶作で熊は里に下りて山には残っていないよ」というものの、とても安心はできませんでした。それでも本玉の源泉付近地獄谷では、寒い風の中熊出没の恐怖もものともせず何人かの方々が岩盤浴に励んでおられました。

この滞在で夫婦ともども少しは筋肉痛その他改善ができたと思いますが体調万全、絶好調というわけにはいきませんでした。寄る年波を感じます。

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新玉川温泉ホテル玄関と淋しくなったシンボルのブナの樹

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渓谷にかかる玉川大橋からの景色

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散策に訪れた本玉


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源泉の玉川自然探究路地獄谷  硫化ガス噴気口(大小無数にあります)

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温泉由来、八幡平の生息動植物を教えてくれる玉川温泉ビジターセンター
あいにく5日から冬季休館で、積雪よけの板張りを始めていました

2025年9月 2日 (火)

山梨日の出温泉泊、甲斐善光寺参拝

YouTubeで見かけた山梨県石和の温泉宿、旅館 日の出温泉(笛吹市春日居町)に1泊宿泊することにしました。JR中央線石和温泉駅の近くにありますが有名な石和温泉街から離れた家族経営10数室の一軒宿です。自家源泉36~7度のアルカリ泉と温かい石和温泉の引湯からなり、冷たい湯には1時間も入浴して湯治気分を味わうファンが多いそうでその快適さを訴えるYouTube動画に興味を惹かれたのです。体温ほどの微温湯に長時間入浴する温泉は新潟県栃尾又温泉自在館が有名ですが、私は青森県谷地温泉、長野県仙仁温泉岩の湯で経験があります。この旅館の源泉は無味無臭、透明な単純アルカリ泉でPH9.1あり入浴後は肌がツルツルしてとくに女性に人気があるようです。私は最長20分の入浴に留めたものの浸かっていると足の指先がポカポカする不思議な感覚を体験しました。もちろん高温の浴槽で温まらないと上がれません。

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家族経営の小さな宿 旅館日の出温泉



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夕食 ここに天ぷら(4品)、にゅう麺、かやくご飯、デザートがつきます


1泊2食付き13200円でお安く豪華な料理とは無縁、それでも夕食は金目の煮つけ、天ぷら、刺身、盛沢山の果物デザートや、朝食の塩鮭など質量ともに十分、我々夫婦以外は老齢カップル、一人旅の男女でいずれもリピーターの宿泊客のようすでした。旅館の窓から富士の頂上付近が眺望できるはずでしたが、あいにく雲がかかり、かつ周囲の民家、マンションがあり景観を楽しめるほどではありません。立川から石和まで特急かいじで65分、チェックイン前信玄餅の桔梗屋工場見学に立寄りそこでタクシーを呼んで宿に向かいました。旅館は石和温泉駅北口から徒歩10分弱、帰りは駅まで送ってくれます。美人若女将の気遣いよく、リーズナブルな宿泊料に比し十分すぎるほどの温泉が楽しめました。

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チェックイン前に立寄った桔梗屋信玄餅工場見学    ツアーの観光バスもひっきりなしに入庫していましたが工場ラインは午前中で終わり見学用にごく一部のラインだけが動いていました   附設の売店は大賑わい   桔梗屋の隣接地に洋菓子銀座ウェストの山梨工場がありました(見学なし)近辺にワイン工房がいくつかありどこも工場見学を受け入れています(工場見学でもしないとチェックイン前の時間を潰せない)

 

翌朝チェックアウト後、中央線一駅の酒折駅(石和温泉ー酒折ー甲府)で降りて甲斐善光寺に向かうことにしました。駅から徒歩15分足らずですが、甲府盆地特有の37~8℃の猛暑。ウオーキングをあきらめ電話でタクシーを呼んで向かいました。タクシー乗り場はあるものの常時待機の車両は見かけません。呼び出し用に書かれた電話場号で呼び出し来てもらえるまでに10分近く要しました。善光寺までは7~8分、1000円でした。

甲斐善光寺は戦国大名武田信玄が、川中島での上杉謙信と合戦後、1558年信州善光寺の御本尊阿弥陀三尊や、諸仏像をこの地に持ち出し(寺縁起では戦から宝物を『お守りするため』奉遷したとしています)、浄土宗 定額山淨智院善光寺(通称 甲斐善光寺)を創建し本尊として祀ったとしています。この地は信州善光寺ゆかりの本田善光の葬送地であったのだそうです。初代住職は信州善光寺大本願尼僧 鏡空上人。だがこの寺院は尼寺でもなくその後の住職を務めた尼僧の記録はないようです。境内は重要文化財の金堂、山門が残るだけで江戸期再建の金堂は信州善光寺(国宝)そっくりの建築様式、一回り小さいだけで外観は見間違うばかりでした。本来の阿弥陀三尊は武田氏滅亡後、織田家が持ち出し美濃に移され徳川家康、豊臣秀吉にも奪われて転々とし、その間 武田氏、織田家の滅亡衰退、家康の疫病、秀吉の死去はすべて阿弥陀三尊を我がものとせんがための祟りと怖れられ、ついに死去の前日秀吉の命により信州善光寺に戻されたという逸話があります。甲斐善光寺の現在の本尊(秘仏)は、信州善光寺にあった御前立像(1195年制作)だそうです。

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甲斐善光寺 金堂     この日参拝客はまばらでしたが信州と同じく7年毎ご開帳がありその期間は参拝客でにぎわいます

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朱の塗装も剥げて痛々しい 江戸期再建 重要文化財

 

金堂内陣には龍が描かれた釣り天井があり、その下で手を叩くと大きな共鳴が起こります。寺伝によればその鳴き龍は日本一の規模を誇るそうです。戒壇下には真っ暗な中を手探りで歩く「戒壇廻り」の仕掛けがあります。これも信州とそっくりでした。

善光寺参りの後はタクシーを呼んで甲府駅まで。2000円の距離です。炎天下、甲府盆地の暑さには耐えられず、市内散策といきたいところこの暑さは危険とも感じてしまい頓挫しました。それでも路線バス15分ほどの県立美術館に行こうと計画していましたが有名なミレーコレクションの展示は昨日まで、観光城の甲府城散策も、小洒落たカフェ飲食街「甲府夢小路」もいまひとつで、結局、早めの列車に切り替えてもらい午後2時過ぎの特急あずさで帰路に着きました。

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昼食は甲府駅そば タクシー運転手に教えてもらった老舗 蕎麦屋「奥藤本店」のほうとう
味噌は大変美味ながら、コシのある ほうとう麺は時間をかけても、柔らかくゆで上げることができず難儀しました(反省)

2025年6月12日 (木)

10回目新玉川温泉

6月9日(月)から3泊4日で秋田県仙北市の新玉川温泉に行って参りました。新玉宿泊はこれで10回目です。

東京駅から秋田新幹線こまちと田沢湖駅からの路線バスを乗り継いでおおよそ4時間、さすがに遠く秋田焼山中腹(標高600m)の山奥にあり周囲には玉川温泉(本玉)があるだけ、ひたすら湯に浸かって体を休めるだけになります。がんなど難治療養で日本各地から自家用車で来られる方は1~2週間の滞在、2~3泊のツアー(阪急やクラブツーリズムなど)で来られる方、さまざまですが世界的にも稀な強酸性湯(PH1.2の源泉)はいわば希硫酸、希塩酸の中に身体を浸しその治療効果を期待する人々の間で人気があります。酸性湯ならびにその中に含まれる放射性物質の効果は学術的に認められていないと思いつつも、体が温まって熟睡できること間違いなし、健康食と森林浴の毎日で体調が改善することだけは請け合えます。直前に肩痛に襲われたかみさんもがぜん快調になりました。

滞在中には各地で梅雨入りが宣言され、一日は厳しい雨風で外出できないこともありましたが、往路、帰路の移動の際には天候にも恵まれ傘もさすことなく快適に車窓景観を楽しみつつ旅ができました。4日滞在中、入浴10回、屋内岩盤浴1回(今回から有料になっていました)、幸いにも湯当たりもせず皮膚がかぶれることもありませんでした。新緑の美しい季節ですが次回は紅葉の季節に再訪したいと思いつつ帰路に着きました。

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高原リゾートホテルを謳うロッジ風建物      玉川温泉(本玉)は自炊湯治の創業ですがここは自炊はできません
朝夕ビュッフェ2食付きです  八幡平観光のベースにもなり人気があります



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玉川温泉源泉 大噴(おおぶき)    噴出温度98℃ 噴出量毎分 900リットル PH1.2

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ホテルから徒歩数分の玉川大橋からの秋田山系   紅葉の名所でもあります

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5月、6月にわずか一日半の命の花  朴木(ほうのき) 5~10mになる高木で大柄な葉は蒸し焼き料理の包になります この季節の花として印象的です

2025年5月22日 (木)

戸隠うずら家のそば

 先月行ったばかりの長野を訪れ今回は戸隠神社を参拝しました。

かみさんの要望に従い前日に到着後善光寺参拝、市内で宿泊し翌朝戸隠神社を訪れました。急行バスでの戸隠参拝だけなら日帰りで可能でしょうが、戸隠の参道を歩いて一ノ宮の宝光社から神道(かんみち)で中社まで登ることにしたのです。戸隠神社最後の宮 奥社入口までは中社から徒歩で20分以上、さらに社殿まで熊が出没する深い森を徒歩40分かかるので中社までにとどめました。

長野移動後さっそく善光寺脇参道の小菅亭(そば処こすげてい、市内長野367)で昼食をとりました。蕎麦は細切、水分を含み柔らかめで北野家、大丸のそれとも共通しています。返しはやや甘口で好みが分かれるところでしょう。デミタスカップで焙煎香りのあるコーヒーをセルフサービスで提供してくれ洒落ています。宿泊は駅近くの相鉄フレッサインにしました。神奈川県下に営業路線のある相模鉄道グループのビジネスホテルチェーンです。先月も利用しましたが部屋が清潔、寝心地良いベッドでお薦めです。

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そば処 小菅亭   善光寺脇参道にあります   平日昼時を外れていたので店はすいていました

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湯葉玉子とじ  と天ぷら+かけそば

 

翌朝アルピコ長野交通の急行バスで戸隠神社宝光社まで直行(50分)しました。このバスは中社、奥社入口まで行くことができます。宝光社の男坂を下から眺めて即諦め、女坂をえっちらおっちら登り、それでも息切れしました。その後の中社までの神道は、時に熊も出没する森の中で日中といえども単独や、二人きりで歩くには心許なくスリル満点です。中に樹齢数百年の杉の大木や寄生する樹が絡まり大蛇のように見えるものもありさすがにパワースポットの妖気を感じさせます。


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戸隠神社最初の宝光社  男坂は難敵です


  
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森の中を行く神道  宝光社~中社、 中社~奥社とあります   中社まで若い人であれば20分ほどの登坂


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中社までの神道  人影もなくこんな道が続きます    前方を一人歩いていた男性が途中から諦めて引き返してきました


 

1747954764374生命力を感じる異形のデフォルメ

 

174795476456112_20250525202501絡まったつるが蛇にしか見えません


中社に着いたのが11時前、戸隠一番人気のそば屋 うずら屋を探します。中社大鳥居の斜め前、すでに長蛇の列で店頭の待合リストに名前を記して順番待ちをすることになります。「ただいま一時間待ちです」の表示があり、中社の参拝を先にすませました。曇り空が幸いして雨も降らず暑い日差しにさらされることもなく店頭周辺でのんびり待つことが出来ました。呼ばれたのは55分後でした。

250522124421408_20250526101501人気のない神道(宝光社~中社)を登りやっと中社に到着します



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中社社殿  本日はここまでです



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鳥居前にある 蕎麦処うずら屋  一番の人気店です  2階もあって中は結構広い


名前を呼ばれた時にその場に不在の客も、少なくとも一度は後で呼び直して入店させているようです。客待ちを仕切っている若い衆もキビキビしていて手馴れています。テーブルに座ってから気が付きましたが、この店は忙しくとも女性、男性店員も愛想よく気が利いていて動きが早い。店長らしきベテランの親父さんが、頼む前に蕎麦湯を飲むための茶碗をかみさんに持ってきてくれたり、「つゆを少し入れると美味しいよ」と新しく出し汁をすぐに持ってきてくれました。有名な繁盛店ですがこれだけ店員が親切でキビキビしているので人気がある理由が分かります。そして何よりそばが美味しい。帰りの急行バスの予約時間もありましたので、天ざると玉子とじだけで、見るからに美味しそうな蕎麦がき、蕎麦豆腐は試せませんでした。それでも十分 戸隠そば、山菜天ぷらを堪能できました。私は高校時代山岳部に入って北アルプス縦走の最後、戸隠そばを口にしてその美味しさに感動したことを思い出しました。自家用車や急行バスで直接中社まで来て戸隠そばを楽しみにやって来る参拝客の多いことは容易に想像できます。路線バスもあり往来に支障はありませんが、急行バスは全席指定、混雑するので事前予約が必須です。

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信州はそばの量は多め  細切、戸隠は腰があります(もちろん柔らかめに茹でてもらいました)
そばつゆは濁りなくすっきり、やや辛め

12時47分中社発の急行バスは45分で長野駅到着。ターミナルにある東急百貨店、JR駅ビルMiDoRi で土産物各種を買込んで、当駅始発あさま自由席に乗って帰路につきました。今夜はよく眠れそうです。

2025年4月23日 (水)

長野ミニ同窓会

 善光寺のある長野市一泊とついでに湯田中温泉の一泊旅行から帰りました。長野市内で大学クラブ美術研究会メンバー4人が集まり飲み会を催したのです。長野といっても市内から2時間半の郡部に長年住むO君を中心に、千葉や神奈川に住む3人が来訪しました。

 O君は信州大学で長年教鞭をとっていて、その教え子で酒豪のT君が特別参加して盛り上げてくれました。善光寺近く権堂町のO君、T君ご贔屓の居酒屋で用意してもらった鴨鍋、軽い油で揚げた新鮮な山菜天ぷらは実に美味しかった。5人のうち3人は底なしに近い飲んべえなので地元の日本酒を軒並み賞味して盛上り、楽しいひと時を過ごすことが出来ました。実はO君は免疫チェックポイント阻害薬の長期連続投与を終えて現在は経過観察をしている肺がん罹患者です。新薬の効果は素晴らしく、O君は副作用に苦しむこともなくご自身曰く年々元気になって目を見張るばかり、この夜も楽しく過ごせました。終了後、師弟だけの2次会に行くO、T両君と別れて長野駅前のホテルに戻りました。O君の経験談は肺機能に心配なしとしない我々にとって勉強になります。

    この同窓会の前に私は、善光寺に参拝し大門前のお気に入り蕎麦屋大丸で信州そばを堪能しました。この日の長野は気温27℃、参道を汗だく40分歩いて善光寺に辿り着きましたが緩やかな登坂、暑さでへばり気味になりました。善光寺までの途上、「絵解きの寺」として有名な浄土宗西光寺という小さい寺に立ち寄りましたが、物珍しそうに境内を散策している中国人や白人の観光客もいて、とうとう善光寺周辺にも海外からの観光客が殺到していることを再認識しました。次の日遠方からの3人は、新潟へゴルフコンペに行く者、美術館に寄って帰宅する者それぞれに分かれ私は湯田中温泉郷に行くことになりました。

 

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善光寺 国宝本堂     午後はさすがに観光客もすくなく静かのんびり参拝できます

 

 

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善光寺大門前の日本蕎麦 大丸   オーソドックスな二八信州そばの名店

 

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定番 更科そば  大盛がなくこれで普通盛りです     気取りのないぶっきらぼうな盛り付け     柔らか目をお願いしたら二つ返事で応じてくれました

 

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参道途中にある苅萱山寂照院西光寺(かるかやさん  じゃくしょういん  さいこうじ)    浄土宗 創建12世紀  境内の桜が綺麗でした

 

長野電鉄特急乗車45分で湯田中駅に到着、駅隣接の日帰り温泉施設「楓の湯」、徒歩30分で渋温泉の共同浴場「大湯」に入ることにしました。

楓の湯は入浴料500円、内湯と細長い露天湯があり、露天には満開の桜の樹が覆いかぶさり抜群の風情でした。人気がありこの日数人の白人客が入浴していました。無色透明の単純温泉。ぬるめで刺激が少ない柔らかな湯なので長時間入っていられます。湯田中温泉宿泊客でも現在は共同湯に入れず「楓の湯」が数少ない立ち寄り湯の一つです。渋温泉「大湯」は9つある共同湯のうち日帰り客でも入浴できる唯一の外湯。温泉協会または近くの旅館で入浴料800円を払えば宿泊客でなくても入浴できます。ここでチェコから来た男性観光客と同席しました。湯田中駅からバスで地獄谷野猿公苑に行き、温泉入浴する野生の猿を見るツアーが外人観光客に人気ですが最近は麓の湯田中渋温泉郷に宿泊または立ち寄り入浴する人も多いようです。しかし湯田中、渋ともに昼食を取れる手頃な飲食店や雑貨の店がほとんどなく、昔ながらの湯治や長期滞在には向きません。 

   湯田中温泉では低廉、一人客でも宿泊歓迎の 伊東園ホテルズチェーン「水明館」に宿をとりました。朝夕ビュッフェつき、トイレ・バスつき10畳、小部屋つきで11000円ほど。大浴場はきちんとリニューアルされているし、ビュッフェも期待以上に美味しく種類もそこそこあり初めての伊東園ホテルズ経験でしたが十分満足できました。高齢客中心の宿泊客多く人気がある理由に納得できました。この時期の信州の沿線には桜と、可憐なりんごの白い花が咲き美しいのどかな里山、田園風景が広がっていました。
いずれまた機会をみて信州旅行を楽しみたいと思いつつ長野駅を後にしました。

 

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長野電鉄湯田中駅隣接の日帰り入浴施設「楓の湯」  外にも内にもロッカーがあり荷物や貴重品預けに心配はありません
ドイツから来訪で3週間信州中野駅そばの寺院でアルバイトをして滞在している若者(20代前半ベルリン生まれ)と日本食、温泉談議になりました
日本の米が大好きだとのことで意外でした もちろん刺身も大好き

 

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渋温泉外湯 大湯  お隣の旅館で入浴料を払い、女将さんに鍵を開けてもらい入場しました
熱めの硫黄にごり湯でからんはなく  さっと湯を浴びるだけでした

 

 

最終日長野電鉄特急で長野市内に戻り、かみさんご指定の土産物の買い出しです。いろは堂おやき各種、竹風堂生どら焼き・栗羊羹、根元八幡屋礒五郎の七味唐辛子各種など。自宅で早速試し食いをしておやきは期待に合いませんでしたが、信州そば以外の名産の味を楽しみました。


 

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いろは堂 おやき各種 野沢菜は繊維強く塩分多めで私は苦手です  切干し大根も塩分強くもはや漬物風味
野菜ミックスはかろうじて大丈夫でした

 

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その他 八幡屋礒五郎   竹風堂  小布施堂  各種名物

 

 

 

 

 

 

 

2025年4月18日 (金)

東北プチ名産 温泉地土産

来週長野市で大学クラブの4人で集まる同窓会を開きます。一昨年の長野、京都での開催に次ぎ参加するものです。昨年秋も横浜で開催されましたが、あいにく私は脊柱管狭窄手術で間もなかったため不参加でした。

長野市内で夜の会食の後、翌日私一人で湯田中温泉に一泊して戻ることにしました。午後、えきねっとで予約していた往路北陸新幹線はくたか指定席と、帰路の自由席券を取りにJR駅の自動券売機まで立寄りました。駅のイベントコーナーで東北物産の販売を行っていました。せっかくなので冷やかすつもりで見ていると、岩手の南部せんべいと弘前のアップルパイが置かれていました。

南部せんべいは羽沢製菓(岩手県八幡平市清水)の「羽沢の南部せんべい 厚焼きピーナッツ」、アップルパイは㈲ラグノオささき(青森県弘前市百石町)の「パティシエのりんごスティック」というお菓子です。

それぞれ新玉川温泉、新幹線新青森駅(酸ヶ湯温泉の帰り)の売店で買ったことがありその美味しさにこれぞプチ名産と驚いたご当地菓子です。さすがに美味しい地元の自慢すべき名品らしく関東でイベント出展に品揃えしているとは地元を離れても人気があるのだと再認識しました。とりわけ、羽沢の南部せんべいは伝統的な、『固い、素朴な小麦の菓子』のステレオタイプを破ったバター風味クッキー仕立て、ピーナッツを練り込んだ斬新な西洋焼き菓子風をひねり出した革新さに感心します。ピーナツは残念ながら消化に難点がありたくさんは食べられませんが、欧米の古い素朴なクッキーを思わせて和洋折衷の妙を感じます。おすすめです、お試しあれ。

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りんごスティックにはチョコレートをはさんだ「ショコラ」がありそれも絶品ですが残念ながら売切れていました

2025年3月12日 (水)

JR切符取消手続き

JR駅のみどりの窓口へ行き、山形蔵王行の切符の取消し払戻に行きました。

山形新幹線つばさの東北新幹線連結が休止状態(14日からダイア復活予定)で蔵王のホテルキャンセル料回避のためにすでにキャンセルしていたのです。連結復活が出来ずに終わると福島で乗換えに合わせてバタバタするのが嫌ですし、ホテルの送迎バス(50分)の代わりをアレンジするのも面倒です。

午前のみどりの窓口は受付番号を機械でもらうようになっていて、「50番、17人待ち」でした。ありゃーそんなに待つのか?と嘆きつつそれまで銀行の貸金庫に行ったり、駅イベントスペースで青森県名産品の特設販売コーナーを冷やかして戻り、待合室の椅子に座ると目の前にポスターがあり「自動券売機」で払い戻しができます、と書いてありました。試しに券売機コーナーに行って係員に聞くと、大人の休日倶楽部会員割引+えきねっと・ネット予約の発券済でも可能と分かりました。ヤッホー、これで1時間近く待たなくてすむぞ、と払い戻しをしました。途中係員から、みどりの窓口で手続きをすると今回は例外措置で取消料=新幹線指定席 各340円+乗車券 各220円、往復2人分=2240円は免除になりますが、自動券売機ではクレジットカード払戻から差し引かれます、と言われました。

くそっ、JRの不手際なのに乗客を待たせるのか! と憤慨したものの面倒になり取消料を負担してでも早く帰宅することを選びました。しかし、なんといっても、割引切符でも自動券売機で購入や、払戻が簡単にできるようになっていて、これは大変喜ばしいことです。願わくば、ジパング会員割引の購入でJR東日本、北海道以外の、東海、西日本などの乗車券、指定席券をインターネットや、自動券売機で購入できるようにしてくれれば有難い、現在はジパング会員割引は相変わらず会員証持参で有人窓口でなければ買えません。

残念ながら初めての蔵王温泉旅行は中止です。

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